奈良ハイキングクラブ写真掲示板
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 北海道遠征・その3(最後) PANDORA  2020年8月7日(金) 14:45
修正
北海道遠征登山も最後の日(7月23日)がやってきました。この日は大雪山系の層雲峡温泉から
バスで1時間ほど揺られて「銀泉台」まで行きます。そこから赤岳を目指して登り始めました。
 途中に「奥の平」や「第一花園」などが登山者を迎えてくれました。

 ある程度登ると「コマクサ平」があり、あの可憐な「コマクサ」が登山者の目を楽しませてくれまし
た。同じような時間にスタートした女性一人のカメラマンが途中何回か抜きつ抜かれつで、ほぼ同じ
ようなタイムで登って行きました。彼女は花の写真が目的で小雨にもかかわらず一生懸命シャッター
を押していました。行き先を聞くと「白雲岳」までのピストンのようでした。

 我々は途中雪渓を何回か横切り、最初の目的地である赤岳を目指しました。ほどなく赤岳(2,01
8m)に到着し、そこから先はやや丘のような感じで多少の上り下りを経て「小泉岳(2,158m)・・・こ
の日の最高峰」や「北海岳(2,149m)」へと進みました。途中晴れ間が一瞬見えたので昼食タイム
をとりましたが、直ぐに雨模様となり又黙々と歩みを進めました。

 最後の黒岳は多少手こずりました。渡渉箇所2か所あり二つ目の渡渉箇所は20m近くで川の中
の石に網目のロープを巻き付けており、その上を歩くというものでした。雪解け水なので落ちれば
寒さがかなり堪えるのではないかと想像できました。結果的には無事に4人とも渡渉できました。

 黒岳のかなり手前に「黒岳石室(いしむろ)」がありトイレもありましたが、500円とかなり高価で3
人は我慢しました。利用した方の話を聞くと洋式トイレで、用を足した後で自転車のようなペダルを
前へ20回、後ろへ10回 ほど回すようなシステムのようでした。オガクズに混ぜ込むスタイルです。

 黒岳石室から40分ほどで黒岳(1,984m)へ到着しました。これで今回の登頂は全て終了しまし
た。後はリフトとロープウェイで下山するだけでしたが、ここが曲者でした。黒岳の頂上からすぐに
下山道になるのですが、大きな石が多くそれがジグザグになっていて、消耗した体力で下山時の
足元はかなり神経を使いました。リフト乗り場に到着した時は精魂使い切った状態でした。

 ロープウェイで降りた場所が層雲峡温泉だったので、そのまま宿まで歩いて戻り、向い側にある
大きなホテルの大浴場になだれ込みました。勿論割引券を持ってです。ただ前日とは打って変わっ
て、沢山の方がロビーの受付で列を成していました。「GO TO キャンペーン」で客足がいっぺんに
増えたことがその理由のようです。

 取り敢えずお風呂で体を清めて車上の人となりました。後は小樽港のフェリー乗り場に向けて
一路邁進するのみです。リーダには登山で疲れた体に鞭打って運転を担当してもらいました。
 途中で高速道路に乗り札幌などを経由して小樽港へ到着しました。

 フェリーで夕食を食べたあとは各自ベッドに入り込み、翌朝までぐっすり寝て体を休めました。
 翌日は夕方21時15分に舞鶴港到着なのでそれまで、トランプの「大富豪」で時間をつぶしたり、
フェリーのデッキで反省会を開いたり、売店で買い物をするなどして夕方を待ちました。

 夕方所定の時間に車に乗り込み、上陸後一路奈良に向かって帰路を急ぎました。この日も
雨が降っていたので運転に注意してもらいながら各自の家の前まで送迎していただきました。
 リーダ、本当にご苦労様でした。7泊8日の北海道の遠征登山は一人の怪我もなく無事終了し
ました。皆さんもかなりの体力を使ったはずなので、しばらくはゆっくりと休養に充ててもらいたい
と念じています。

 北海道遠征・その2 PANDORA  2020年8月7日(金) 14:40
修正
北海道遠征の道内二日目(7月21日)は稚内から雌阿寒温泉まで一日ドライブでした。先ずは
日本の最北端である宗谷岬を目指しました。霧雨の中でしたが沢山のオートバイによるツーリング
グループが、モニュメントの前で記念撮影していました。我々も思い思いに写真に収めました。

 その後、オホーツク海を左手に南東方向に車を進め、紋別当たりの道の駅で昼食を摂りました。
 リーダが一人で運転していたのでここらで小生と交代してもらいました。しばらく海岸線を進み
途中で内陸に向かって右折し、本日最終目的地の雌阿寒温泉へと向かいました。途中の休憩地
で目の前に阿寒岳の全貌が目に入ってきました。雌阿寒岳と阿寒富士がデンと構えていました。

 雌阿寒温泉では宿の洗濯機と乾燥機を借りてたまった衣類を洗濯しました。まだ行程の半分が
残っているので衣類が底をついてきたためです。ここでも温泉に浸かり旅の疲れを癒しました。

 翌日(7月22日)も早朝5時過ぎに出発し、近くの「雌阿寒岳登山口」から頂上を目指しました。
 この日は女性にトップを担当してもらい、小生は3番目で登山を開始しました。生憎の小雨模様
で風も強かったのでカッパを着た状態での登山となりました。

 一昨日の利尻岳より高低差は少なかったのでさほど苦労はしなかったのですが、景色が見え
ない分だけ黙々と登るだけでした。雌阿寒岳(1,499m)の頂上に着いた時は「え!ここが?」と
言う感じで、目の前に細い山頂の案内ポールが一本立っているだけでした。日本百名山にしては
少し見すぼらしいなと感じました。

 予定ではそこから「阿寒富士」(1,476m)へ向かうはずでしたが、霧雨と濃霧で視界も悪く今回
はパスする事にして、オンネトー国設野営場の方へ下山しました。オンネトー湖は青く澄んだ水が
綺麗で、しばらく記念撮影などをして休憩しました。ここからはリーダも初めてコースでしたが、雌
阿寒温泉までYAMAPを頼りにゆるい登りの道を1時間ほど歩いて無事に到着しました。

 雌阿寒温泉で一風呂浴びて、車に乗り最終目的地である大雪山系の層雲峡を目指しました。
 ここは北海道の中でも有数の温泉地のようで、大きなホテルが林立していました。我々は庶民
と言うこともあり、山登りで立派なホテルに泊まる必要もないので、近くの「層雲峡ホステル」に
宿泊しました。ここは昔ユースホステルだったようで値段も良心的で外人さんも利用していました。

 入浴はすぐ前の大きなホテルの温泉が利用可能でした。割引券が利用できるので600円で
大浴場を満喫できました。夕食は元ユースホステルと言うこともあり、黒カレーだけでした。
 翌日の昼食用に近くの「セブン・イレブン」でおにぎり等を購入しておきました。

 北海道遠征・その1 PANDORA  2020年8月7日(金) 14:33
修正
 昨年秋ごろに「北海道遠征登山」の声がかかり、思案した結果何時でも行ける場所ではないこと
から、参加の意思表示をしていました。リーダはここ4〜5年毎年北海道に遠征しており、所謂ベテ
ランと言えるメンバでした。車で行くので総勢4名(男性2名、女性2名)の体制でした。

 今年に入って具体的な日程が計画され何回かのミーティングを通して具体化してきました。
 日程は7月17日(夕方)〜24日(深夜)と言う7泊8日の長丁場のスケジュールでした。
 3月以降はコロナ騒ぎもあり、実施が危ぶまれましたが、フェリーや北海道の宿もなんとか宿泊
可能と言うことで実施が決まりました。

 7月17日(金)夕方、大和西大寺駅に集まりリーダの車に乗り込みました。先ずは名神高速道路
の多賀SAを目指し、そこで休憩と一部夜食等を購入して再度車に乗り込みました。目的地は福井
県の敦賀港です。敦賀港では手続きを済ませて「新日本海フェリー・すずらん」に乗り込み、翌18日
の午前0時30分に北海道・苫小牧港に向けて出発しました。到着は20時30分の20時間の航海です。

 乗船して出航すると0時を回っていますので、直ぐにベッドにもぐりこんで睡眠モードに入りました。
 翌朝、船内放送で朝食の用意が出来ていることを聞き、食堂へと向かいました。朝だったので軽
食として「味噌バターコーンラーメン」を注文しました。縮れ麺でそれなりに美味しくいただきました。

 その時点でまだ10時間以上の船旅が残っていましたので、リーダがトランプを持ち出して来て
4人で「大富豪」を始めました。過去に何回かやっていたので大体のルールは判っていましたが、
駆け引きと記憶力が勝負の重要な要素となるため、お互いに苦労しながら面白く遊びました。

 お昼も艦内のレストランでしたが、少しお腹にこたえるものと言うことで「ハンバーグ定食」を注文
しました。しかしこれが大失敗でした。ハンバーグそのものは良かったのですが、味付けが塩分過多
で塩辛く、ほかの付け合わせも塩分が多く、水をがぶ飲みしながらの食事となりました。

 夕方になって下船の時間も近づいてきましたので、荷造りを済ませて皆で車に乗車しました。
 敦賀港で乗船するときは運転手一人しか乗車できませんでしたが、下船の時は全員乗車した
まま下船することが出来ました。この辺はフェリー会社によって若干の差があるようです。

 苫小牧港に到着後はすぐに当日の宿を目指して走り出しました。夜遅かったので周りの景色は
よく見えませんでしたが、しばらくは工場地帯の中を走っているようでした。その後何もない原野を
走りやっと宿に到着しました。宿ではやや遅めでしたが豪華な夕食にありつくことが出来ました。

 翌朝は車で稚内に向けてドライブです。苫小牧東ICから高速に乗り、千歳、札幌を経由して
岩見沢、深川JCTから日本海側の留萌を目指しました。留萌から稚内までは海岸べりの一般道を
一路北上します。車も少なく快適なドライブでした。

 稚内では翌日に宿泊する宿に一旦車を止めて、徒歩でフェリー乗り場まで移動しました。ハート
ランドフェリー鰍フ「ボレアース宗谷号」に乗り一路利尻島の鴛泊(おしどまり)港を目指しました。
 14時30分出発で1時間40分ほどの16時10分には利尻島に到着しました。

 一旦港近くの宿に入り荷物を置いた後で多少時間があったので、すぐそばの「ペシ岬」と言う丘に
登りました。標高90m程の岩山で15分ほどで頂上につきました。眼下に「鴛泊港」を見下ろすことが
出来ました。別のルートで下山していると、港近くの台地に3人のお墓がありました。

 看板があったので読んでみると「会津藩士の墓」とありました。利尻島になぜ会津藩士の墓がと
いぶかっていると、1806年頃ロシアが開港を求めて樺太や北海道北部にやってきて狼藉を働いて
いたので、それを取り締まるために1808年に江戸幕府が会津藩を中心とした東北各藩に約2600
名の藩士を送り込んだようです。利尻島には会津藩士約250名が派遣され砲台を築くなどして防衛
の任務に当たったようです。実際にはその後ロシアからの圧力はなかったので、半年ほどでお役
御免となったようですが、極寒の地で野菜もなく病死する藩士もあり、また帰路に船が難破するなど
して8人の方の墓が利尻島に残っているようです。アメリカのペリー提督が浦賀に来る50年ほど前
の出来事でした。

 宿へ戻って利尻島の海の幸(特にウニが最高でした)とビールを夕食でしっかり楽しんだ後、翌日
の「利尻岳(1719m)」登頂を目指して3時起床のために早めに床に就きました。翌朝は4時から宿
の主人に車で登山口(北麓野営場)まで送ってもらい、身支度をして登山を開始しました。登山口は
約200mの標高なので実質1500mをしっかり登る必要があります。小生は病み上がりで一週間ほ
ど前にやっと登山を解禁されたところで本格的な登山モ−ドにはなっていませんでした。

 今回は頂上までピストンの登山でしたので、途中で足が動かなくなったら引き返すつもりでした。
 せめて8合目付近にある避難小屋までは登りたいとの希望を持っていました。メンバもそのこと
は十分承知でしたので、小生が先頭に立って小生のスピードでゆっくりと登り始めました。

 リーダの指導の元にゆっくりとスタートし少しづつ高度を稼いでいきました。勿論適度な所で休憩
を挟んでもらい水分補給を取りながら頂上を目指しました。何とか避難小屋までたどりつき、まだ
少し余力があったので頂上を目指すことにしました。勿論途中で足が動かなくなったらそこまでで
下山することを頭に描いて足を進めました。

 9合目付近からはザレ場で足が中々前へ進みませんでしたが、何とか踏ん張っていると頂上が
見えてきました。頂上が見えると多少気力が湧いてきて何とか最後の力を振り絞って登頂できまし
た。利尻岳頂上の祠の前で記念撮影をして多少の休憩を挟んで下山を開始しました。

 この日の天気は晴れでしたが中腹位に雲がかかって下界は全く見えませんでした。時折雲の
切れ目から下界の「鴛泊港」が一瞬垣間見えた程度でした。勿論雲から上の眺望は素晴らしい
景色でした。下山の途中で三合目にある「甘露水」は冷たくて疲れた体を癒してくれました。

 下山後は北麓野営場まで宿のご主人が車で迎えに来ていただき、宿まで戻って身支度を整え
て、「鴛泊港」からフェリーで稚内へ戻りました。稚内の宿で風呂に入り、その後夕食をゆっくりと
堪能しました。毛ガニが食卓を飾ってくれていました。北海道は海の幸が本当に豊富です。

 登山の初日はこうして満足した一日を終えることが出来ました。続きはまた・・・

 尾瀬周辺百名山三座 No2 奈良百遊山  2020年8月6日(木) 13:43
修正
3日目はバスで「御池」へ7時着。広沢田代、熊沢田代の湿原の花を見ながら木道歩き。ハクサンチドリや、コオニユリ等が咲いていました。
途中はぬかるみの悪路。山頂手前は岩稜帯。前日の疲れで足が進まずやっとの思いで山頂(俎ー)到着。最高峰の柴安ーへは行かず。ここからは尾瀬沼、至仏山が良く見えました。下山は長い長英新道で「尾瀬沼ヒュッテ」泊。

4日目は尾瀬沼の南岸を通って尾瀬ヶ原へ出ましたが、中々のハードコース。見晴で昼食。山小屋は半分休業していました。この後は気持ちの良い木道歩き。
ニッコウキスゲは終わっていて、キンコウカやワタスゲが多い。池塘の中にヒツジグサが沢山咲いていました。15時過ぎに山の鼻の「至仏山荘」着。

5日目は小屋を5時出発。いきなりの階段の急登が続く。振り返ると尾瀬ヶ原、燧ケ岳が良く見えました。至仏山頂へほぼ予定の9時前に到着。ここから小至仏山までが長く、帰りのバス時刻に間に合うか心配だったが、悪沢岳手前の分岐よりの道が歩きやすかったので、バス出発の10分前にギリギリ間に合った。
帰路はバスで沼田。乗り換えて上毛高原駅から上越新幹線、東海道新幹線。
3座の累積標高差は登りが4030m、下りが3970m。
高齢者登山にはハードな日程を組んだため、大変疲れましたが天候や、メンバーにも恵まれて良いバースデー記念の山行となりました。皆さん大変お疲れ様でした。

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